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おじいちゃんの見たもの

国民の遺書  「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選
国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選
小林よしのり 責任編集


精魂をこめて戦ひいし戦場の未だ地下に眠りて島はかなしき

―今上陛下御製


私の手許には小さな双眼鏡がある。
ぼろぼろでガラスの内側にも埃が入っていて傷だらけだ。
双眼鏡には革紐がついている。
おじいちゃんが首にかけていたのか。
おじいちゃんはこの双眼鏡で何を見たのだろう。
私のおじいちゃんは軍人さんだった。
召集されたのではない、職業として軍人であることを選んだ人だった。
いつも怖い顔をしていて口数は少なく、あまり笑顔を見せてくれないおじいちゃんは私にとって得体の知れぬオソロシイ人、であり、年に一度お年玉を貰った際にお礼の電話をかけることさえ恐ろしく億劫だった。
私が幼稚園に通っていた頃、おじいちゃんは死んだ。
だから、当時のおじいちゃんはまだまだ年寄り呼ばわりされる歳ではなかったはずだ。でも、幼い私にとっておじいちゃんはかなりの年寄りだった。
おじいちゃんが死んで、遺品の中にいっぱい双眼鏡があった。
軍人さんの頃、使っていたのだろうか、ずっしりと重い。
今は亡き父が形見にひとつだけ貰ったものが、今、私の手許にある。
おじいちゃんが戦地に行ったのかどうかも私は知らない。
叔父たちにおじいちゃんのことを詳しく訊いてはダメと母に厳しく言われているので訊ねることもできない。
だから、私とおじいちゃんを繋ぐものは双眼鏡だけだ。
だっこされた思い出もあやしてもらった思い出もない。
これでいいのか??とも思うが仕方がないとも思う。
戦争が終わってお払い箱になったおじいちゃんは相当苦労をしたらしい。
恩給も貰っただろうけど、おばあちゃんは既に亡く、五人兄弟を男手ひとつで育てるのは大変だったことだろう。
父は「芋は子供の頃、いやってほど食べたから好きじゃない」と言っていた。
もう一人のおじいちゃんも既に鬼籍に入っている。
正式な軍人さんではなかったけれど(軍属か?)満州まで行った人で、うっかり乗り遅れた船が魚雷で沈んだという。次の船に乗ったお陰で九死に一生を得た人だ。
満州から引き上げる際ものんびりやのおじいちゃんは周りに助けられてどうにか帰って来たという。
二人のおじいちゃんがあの時代を生き残ってくれたお陰で今の私がいる。
確かなことはこれだけだ。
二人に対する感情は感謝しかない。
大叔父は南方に行き、帽子しか帰って来なかったという。
この本はSAPIOで発売を知って、仕事に行く前に買い求めたもの。
出征し戦死した二十代から三十代の方の遺書が百通収められている。
遺書を餞別することについて批判もあるようだが、日本が方向性を失っている現在、この時期に発売されることには深い意義があると思う。
そっとめくってみたが、あまりに壮絶で穏やかで美しくて悲惨で、読めない。
読んだら、ヘラヘラ生きてきた自分の人生が打ちのめされてしまうような気がする。
明らかにこの本の中にいる日本人は今の日本人とは違う。
何が違うのかも軽々しく言えない気がする。
少なくとも彼らは日本が好きだったはずだ。
この本は決して戦争賛美の本ではない。
彼らだって死にたくなかったのだ。
私のおじいちゃんたちのように生きて帰って来たかったはずだ。
どうか、日本のおじいちゃんたちの犠牲が無駄になりませんよう。
百年後も千年後も日本が日本でありますよう。
8月15日の今日、そんなことを祈ってみたりした。

ようこそ靖国神社へ
ようこそ靖国神社へ
靖国神社,所 功

後日談。
いつか靖国神社に行ってみたくて公式ガイドブックを購入。
テレビでもおなじみの京都産業大学教授・所功先生編の本で実に読みやすくて分かりやすい、しかもいろんな興味深いエピソード満載で楽しく読める。
行き方から見所までバッチリ解説。
とりあえずずーっと気になってたあのどでかい銅像のおっちゃんが大村益次郎さんだということが判明。祖母に見せたところ興味深そうに読み、掲載されていた『東京だよおっかさん』を歌ってくれました拍手

  • 2010.08.15 Sunday
  • 14:27

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